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障害のある人の性問題を取り巻く「現状」について

問題提起

人は誰しも、それぞれ様々な悩みを抱えながら生きています。その上で、悩みを引き起こす問題に対しての集会や勉強会があったり、その悩みに対して相談に乗ってくれる人がいたり機関があったりします。しかし、障害のある人の性の問題はそう簡単ではありません。様々なバリアがあり、相談する機関もなく同障害の仲間に相談をすることもはばかられるなど、問題を解決することはかなり困難です。
 すべての障害のある人が性のことに対して問題を抱えているワケではありませんが、健常者と比べた時に悩みを抱えている人が多いのは確かです。恋愛や結婚へと展開できれば何の問題もないのかもしれませんが、現実には恋愛や結婚の機会が限られる障害のある人々にとってはそれすらも難しい現実があります。実際に恋愛・結婚ができる障害のある人はほんの一握りでしかありません。その結果、性の悩みを抱えたまま生きている障害のある人か大半です。

障害のある人の性問題の根底にあるのは、以下の四点

※ 複雑に絡み合っている問題ですが、読みやすくするために四つに分類分けをいたしました。より良いものにする知恵があればお貸しください。

「障害のある人の性問題」は福祉の教育現場では誰も教えないが、現場に出ると必ずと言っていいほどぶつかる問題。障害のある人も必ずぶつかる又はぶつかっていることにすら気付かず過ごしてしまう問題である。

  • 暗黙のルールによって黙殺されてきた
  • 成人であっても障害のある人は性とは切り離されて考えられている
  • 「寝る子は起こすな」という考え
  • 問題にぶつかっても「時の流れ」による解決

「障害のある人の性問題」の現状は、かれこれ30年以上も前から語られ続けている「古くて新しい問題」であり、これまでに何度も瞬間的にメディアで取り上げられては、その後一瞬で忘れ去られるということを延々と繰り返してきた、「闇の歴史」であり、いつまで経っても「福祉の死角」である。

  • 結局のところ、パンドラであり、タブーであることは全く変わっていない。
  • もしくは、問題にすら取り上げられないタブー以前の問題か?
  • 障害のある人からも自身の性について主張しにくいという現実。
  • 最も周囲に話しづらいことであり、ノーマライゼーション最後にして最大の砦である。

世の中に存在する相対する二つの考え。

(否定的見解)
『身体面にせよ、知的な面にせよ、なんらかの障害を持っている人は、社会の「足手まとい」なんだから、一般人並みの生活や楽しさを享受しようなんていうのは、贅沢だ。社会の世話になっている自分を自覚し、大人しくしているべきである』
(肯定的見解)
『障害の有無にかかわらず、人として探求し保証されるべき内容や対象が人間には存在し、その中には社会と繋がりを持つことや、趣味を探求することや、性的快感を追求することが含まれてしかるべきである』

※ どちらが正解ということはありませんが、この二つの考え方が絡み合って世の中が回っているということを認識しなければいけません。これはすぐにどちらかが無くなって解決できる問題ではありません。今はこの二つの考え方を認識することがが、障害のある人の自己防衛の手段です。

理解と情報の不足。

理解の不足
  • 障害のある人は聖人君子と思っている健常者
  • 同時に自分は聖人を演じなければと感じている障害のある人
    ※ 障害があると、自分を理解してもらうより聖人を演じていた方が楽
情報の不足
  • 障害のある人の性の問題に対しての情報の少なさ
  • 各団体がそれぞれ調査を行っていなくもないが、多くのモノの中の一つの項目としての調査しか行われていないのでコレといった調査結果が無い。
  • 障害のある人同志及び障害のある人の身近な人が話し合い情報交換する場も無いので、性とどう向き合ったらいいのか分からない
  • web上に障害のある人に対する情報があったとしても、それは只の個人の考えでしかない
  • 障害のある人の性を肯定してくれる組織は、今は障害者専門風俗くらいしかない
  • 障害のある人の性の問題に対して、周囲からのサポートは望めない

4つの問題

  • 直視しようとしない問題
  • 現状の問題
  • 考え方の問題
  • 不足の問題

認められない理由

個々に持っている性欲の差
  • 性的健康に関しては「どこからどこまでが健康と言える範囲内か」という個人差が大きいです。そのために、横並びのサポートでは対応しきれません。
  • 戦後から現代までの根深い意識からの脱却の難しさ
  • 優生保護法の優生手術等、国主導で否定してきた障害のある人の性問題の流れ
  • 問題として認識はしているものの、何もせずとも今までなんとかやってきて、問題が起きれば個々の問題として対応してきた(今までやってこれたので、これからも何とかなるだろう)
  • 福祉社会都合
  • 健常者から見るとあまり性欲がない障害のある人の方が扱いやすく、障害のある人も聖人を演じていた方が楽である。
  • 生に性は必要

    性の持つ三つの側面

    性=生  性という漢字は『心を生かす』と書く
    そのことからも、人が生きていく上で性に対して正面から向き合うことが必要となる。
    性には、大きく分けて3つの側面がある。愛情表現(ラブ)、性的娯楽(エロス)、生理現象(フィジカル)。
    障害・性別・年齢にかかわらず、大なり小なり性欲は存在する。健康とは肉体的健康・精神的健康、その両方が伴って健康と言えるが、そのどちらにも影響するのが性的健康と言える。性欲を感じたりオーガズムを体験することは男性女性関係なく、プラスに働く面が大きい。人間の性というのは単に子孫繁栄のためだけにあるのではなく、性に伴うオーガニズムを享受するのも人間の性の目的である。性欲があるというのは人としての部分であり、本来 性の問題には障害者も健常者もない。健常者も障害のある人も性について何も変わらない。

    社会の動き

    以前よりも理解が進んできてはいるものの、今現在 障害のある人の性を肯定してくれる場所は利害の発生する障害者専門風俗のみ。
    総論賛成各論反対の立場の人が多いものと思われる。

    総括

    世の中の動きとしては、以前より障害のある人の性について肯定的に考えるようになってきています。
    発言・質問すらできなかったのが少しずつ変わってきたのは確かです。
    現在、日本には障害者の性問題を取り上げて設立された団体が複数あります。しかし、表立って障害のある人がエロスを感じることを肯定してくれる団体や、情報を共有する場を設けている団体は一つもありません。